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米は、イネ科の穀物で、日本でよく食べられているジャポニカ米、世界で最も多く食べられているインディカ米、東南アジアや中南米で食べられているジャバニカ米があります。また、デンプン成分によって、うるち米ともち米にわけられます。ご飯として主食になるほか、日本酒の材料としても用いられ、現在の日本人にとっても大切な穀物です。

 

〇粉末としての米

粉末状にしたものは昔から、団子やせんべい、和菓子などに用いられてきました。近年では、小麦グルテンフリーの米粉パンや焼き菓子、ケーキ、揚げ物用の粉など、食物アレルギー対応食品などに多く利用されています。

 

●栄養成分について

お米(ご飯)には、炭水化物のほかにも、たんぱく質やビタミン、食物繊維、ミネラルなどの栄養素がバランスよく含み、脂肪と塩分をほとんど含んでいないことから、健康食としても注目されています。特に、成分の7割以上を占める炭水化物は良質で、消化吸収が高く、優先的にエネルギーが消費されることから、太りにくい主食としても話題になっています。

健康効果についても、近年、肥満予防や糖尿病予防、動脈硬化予防への効果が研究されています。肌質を整える効果も注目されており、米ぬかを材料とした自然派化粧品なども数多く登場しています。

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●歴史

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イネは、紀元前1213世紀頃の最古の文献『リグ・ヴェーダ』に登場しています。日本でよく食べられているジャポニカ種の起源は、中国の長江中・下流域とする説が有力となっているようです。縄文遺跡からイネの痕跡が発見されたことから、日本に伝わったのは、約3000年前の縄文時代後期とされています。

弥生時代以降、水田稲作が発達・普及するにつれて、堅果類やアワ、ヒエなどのほかの穀物と並び、主食の一つとなっていきました。しかし、弥生時代のおける米はまだ贅沢品であり、白米を食べられたのは身分の高い貴族だけ。庶民は精白度の低いウルチ米や、水分を多く入れてお粥のようにして、山菜や雑穀を足して食べていたようです。米が常食となったのは、平安時代から。この時代に、現在のように密閉した釜で炊いてから蒸らす方法が発明されたとされています。なお、日本酒は平安時代から、現在とほぼ変わらない製法で造られています。

庶民が米を食べられる機会が増えるのは、室町時代以降から。江戸時代中期には、品種改良などによる生産性の向上などから、徐々に庶民も玄米とともに白米が食べられるようになっていきます。

米の食文化の転換期が、明治初期の地租改正です。米を税金として納める制度がなくなり、納めるものから食べるものへと変化しました。しかし、収入源が米であることには変わりなく、庶民の食卓に白米があたりまえのように上るのは、戦後の農地改革以降のことです。

米粉としての利用は、奈良時代に遣唐使により唐から小麦粉や米粉で型をつくり、油で揚げた唐菓子(煎餅や環餅)が伝わったことから始まります。その後、鎌倉時代に伝わった点心(羊羹や饅頭)や安土桃山時代に伝わった南蛮菓子(カステラや金平糖)の影響を受け、千利休の茶の湯の大成とともに和菓子の文化が花開いていき、それに伴い米粉を使用した和菓子が多く発明されました。また、紀貫之の『土佐日記』には、京の近くの山崎で環餅を売る店の情景が描かれています。

環餅(まがり)…米粉を練り藤や葛が巻き付いた形状にして油で揚げたもの。

江戸時代に入ると、茶道の発展とともに和菓子が発展し、和菓子が地方へも広がっていくとともに、米粉をはじめとした穀物粉のお菓子が土地土地でつくられるようになり、米粉は庶民の生活の中へと浸透していきました。

 

※参考

・米穀機構「米ネット」 http://www.komenet.jp/

KOMEKO.NET http://www.komeko.net/what/histry.html

・象印 https://www.ricemile.jp/gohan/nutrition/

・お米とご飯の基礎知識 http://www.okomehp.net/eat/eat008

・図説 和菓子の今昔(淡交社)

・虎屋 和菓子と歩んだ五百年(新潮新書)

 

 

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